トリビア・ジャーナル782
★梅棹忠夫が『知的生産の技術』(岩波新書)というベストセラーを書いたのは1969年で、それから40年近くが経つ。私の書棚には、赤茶けた当時の初版本があって、パラパラめくると、かなり赤鉛筆で線が引いてある。その当時、かなり真剣に読んでいたことが分かる。勝間和代の『効率が10倍アップする 新・知的生産術 自分をグーグル化する方法』(ダイヤモンド社)は、それを踏まえたタイトルだ。少なくとも、編集者にはその意識がある。確かに梅棹のころは、手書き文字と紙の時代だった。その後の加速度的なデジタル化には、目を見張る。勝間の本もかなり売れていて、私が持っているのは15刷だ。勝間の方法論に納得はいくし、私でさえ実践している面もあるが、とてもすべてを真似ることはできない。巻頭カラーグラビアに彼女の「武装した自転車」の写真があって、GPSやノートパソコン、デジタル運動量計測器などの装備を見ると、人間もロボット化した感じがする。効率最優先では、人間性が希薄になる。ただでさえ、人間喪失の時代なのだから。
★「ダイヤモンド・ジム」が活躍したのは、19世紀末から20世紀初頭。アメリカでは「金メッキ時代」と言われ、浮かれた時期で、そのような背景のなかで、ダイヤをジャラジャラ輝かせ、得意満面で闊歩していたデブ男は、マンガチックだが愛すべきB級名物文化人だった。鉄道関連のセールスで金満家になったジム・ブレイディは、ニューヨークの芝居初日には必ず最前列のかぶりつき席に陣取る常連だったから、当時のミュージカルのスーパースター、「アメリカン・ビューティー」ことリリアン・ラッセルともねんごろになる。ダイヤや宝石を雨あられとプレゼントするが、自分が醜男であることをわきまえているから、結婚を申し込んだりはしない。だがお互いに結婚・離婚を繰り返した晩年、巨万の富を積んで結婚を申し込むがみごとにフラレて、生涯を閉じる。ダイヤモンド・ジムは日本では知名度ゼロだが、面白い時代の「アンチヒーロー」として、ほほえましい存在だ。邦訳本(清流出版)の3人による下訳作業は4分の1ほど進行していて、10月はじめまでには完了したいと翻訳を進めている。
★多摩墓地にある仙名家の墓には、一年に一度しか行かないが、清掃、雑草取り、水掛けをすませてきた。墓地周辺の花屋や墓石屋は、むかしながらのところもあるし、いくらかモダン化したところもあるが、水桶はすべてプラスチック製になっていて、昔の木の手桶は、どこにも見当たらない。鉄道の木の枕木が姿を消したのと同じで、もはやド田舎に行ってもなかなか見られないだろう。 仙名 紀


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